はじめに
タイトルの通り、この世で指折りに趣味の悪い記事である。不倫報道とかの次ぐらいに趣味が悪い。
さて、筆者は大学で日本文学、とくに平安文学を研究していた。別にそこまで詳しくないし忘れてることも多いが、人より多少は詳しい。じゃなければ大学行った意味がないから、そういうことにしておこう。
そんな私の目線からすると、先日発売された神ゲー・ポケモンレジェンズアルセウスの図鑑説明に、しばしば気になる所がある。
今作はポケモン世界の過去と言う設定であり、モデルはおそらく明治時代の北海道開拓使だろう。それに則り、ポケモン図鑑の説明文も古文「風」になっている。厳密に古文にすると作る側も読む側も面倒すぎるし、「明治」モデルという背景から、文語が言文一致体に移り変わる時期でもあるので、語彙に不自然さがあっても問題ない。図鑑執筆者の博士をガラル出身(後述)とすることで外来語を使えるようにしているのも上手である。
そういうわけで、古典文法的な誤りがあっても「博士はガラル出身だし」「言葉が入れ替わる時期だし」「そもそも図鑑作る人が書き間違えるなんてよくあるでしょ。自分の記事のガバ見返してみろ」「お前のこの記事もすでにミスがあるぞ」などの反論が思いつくほど、色々と考慮すべきところはある。
だがそれはそれとして、文法的な誤りは、読んでいる時に引っかかりを覚えて読みにくいし、「あーミスってるなー」と感じてしまうと没入感を損なう。それらのミスを、どう誤っているのかという情報とセットでまとめておくことはきっとおそらく多分有意義であろう。言い訳完了。実際はネタにしたいだけである。
それでは、図鑑のスクショとともに、以下にミスと思しき部分とそれがどのようなミスかを紹介する。
ちなみに、これを読んでくださっている方に、常に念頭に置いておいてほしいことは、「学問や教養は人を貶めるために使うものではない」ということである。この記事を私の先生が読んだら泣くかもしれない。
あと、当然見逃しや、私の指摘が間違っていることもあるだろうが、そこはコメントで優しく指摘していただきたい。
ミス箇所と修正
(1)サ行変格活用+形容動詞、サ行変格活用+名詞、が間違ってるパターン
モクロー
「小刀に比肩す鋭利なる羽根」
比肩す→サ行変格活用「す」の複合語の終止形
鋭利なる→形容動詞「鋭利なり」の連体形
①形容動詞は「用言」なので、その直前は基本的に「連用形」でなければならない。
②「小刀に比肩」の修飾先は「鋭利なる」ではなく「羽根」であるため連用形は不自然だとしても、「羽根」は「体言」なので、「連体形」でなければならない。
修正例
①小刀に比肩し鋭利なる羽根
②小刀に比肩する鋭利なる羽根
なんと図鑑番号1から間違っている。
同じ系統のミスとして、
ミミロップ
「カラテマスターの如き蹴りを放ち相対す者を造作なく撃退す。」
(2)形容詞の連体形の活用語尾の不統一
カラサリス
「手足出せず動き鈍いが双眸にて」
形容詞「鈍し」の連体形「鈍き」のイ音便+逆説の格助詞「が」
別に間違いではないのだが、形容詞の連体形がイ音便になっていないところもあるので、統一してほしい。
イ音便化してる
アゲハント
「見目大層麗しいが~独り占めせんとする強欲さ」
ラムパルド
「真珠の如き麗しい頭頂」
イ音便化してない例
サンダース「鋭き針の如し」
オクタン「長き間」
ロコン「幼き頃」
グライオン「鋭き牙」
(3)文末が現代語
フローゼル
「まま目撃される。」
サ行変格活用動詞「目撃す」の未然形+受け身の助動詞「れる」の終止形
現代口語文法では合っているが、古典文法におけるサ行変格活用の未然形は「目撃せ」だし、受け身の助動詞は「る・らる」である。
サ行変格活用+受け身の助動詞の場合、助動詞は「らる」となる。
修正例
・まま目撃せらる。
他
ミノムッチ
「中身はか細く寒さに弱い。」
文末が「弱い」と現代文法になってる。「弱し。」が正しい。
フーディン
「頭部の寸法大きく重い。」
文末が「重い」と現代文法。「重し。」が正しい。
ビークイン
「自身の糧とする。」
文末が現代文法。「糧とす。」が正しい。
ラッキー
「卵を分け与える。」
文末が現代文法。「分け与うる。」が正しい。
ちなみに今更だが、古典的仮名遣いは使わない形で全体が統一されてる。
ハヤシガメ
「清き湧水生じる所に現れる。」
文末が現代文法。「現る。」が正しい。
「生じる」も「生ずる」が正しい?
テッポウオ
「口より水流噴射す。(中略)ミノムッチを撃ち落とし捕える。」
「捕う。」が正しい。一文目の文末はちゃんとしてたのに……。
エレブー
「糧とする。(中略)落雷を待つ姿目撃す。」
「糧とす。」が正しい。
最後の一文はちゃんとあってる。
マニューラ
「獲物を追い詰める。」
「追い詰む。」が正しい。
ただ「追い詰む」という語彙は調べた限り古語にはないので、「追い詰める」という言葉を古文風にするときに「追い詰む」とするのは、それはそれで間違いだから微妙。
ラムパルド
「生態に関する情報は乏しい。」
「乏し。」が正しい。
全体的にうっかり現代語になっている印象がある。
(4)引用の格助詞「と」の直前、さほど紛らわしくないパターン
まず引用の格助詞「と」について。
これは少し複雑である。
引用の格助詞「と」はその名の通り、引用した部分の直後につける。「と」が出てきたらとりあえず「」で括る、とテストテクニックで習った方も多いだろう。
ただし引用なので、面倒な部分もある。
例文
①今は昔、竹取の翁といふものありけり。(『竹取物語』)
②さま異にうとましと思ひ聞え給ふ。(『源氏物語』蛍)
①の例のように、格助詞の「と」は体言に接続する。つまり連体形にも接続する。
ただ、今回扱う引用の格助詞「と」は、引用という都合上、「抜き出した言葉の最後が別のものだったらそれに従う」ことになる。
その例が②で、「さま異にうとまし」が作中人物の心内表現であり、終止形になっている。引用の格助詞「と」の直前は、文末が多いのだ。
そして、当然ながら、文末は、終止形、命令形、体言止めが大半であり、連体形になっているものがあったとしてもそれは係り結びの都合であるため特殊な例だ。
つまり、引用の格助詞「と」の直前は、基本的に終止形か命令形か体言止め、または係り結び有の連体形・已然形であることが求められる。
上記を踏まえて考察したい。
ガチグマ
「もたらしたと考察す。」
いや、これはそもそも現代口語である。過去の助動詞「た」だ。
また、「湿地の土こそ~器量もたらした」なので、この文末は係り結びで已然形であることが求められる。
修正例
①湿地の土こそ頑丈なる体躯と泥炭を自在に扱う新たな器量もたらししかと考察す。
②湿地の土こそ頑丈なる体躯と泥炭を自在に扱う新たな器量もたらしけれと考察す。
①が過去の助動詞「し」の已然形、②が過去の助動詞「けり」の已然形。用例的にも、意味的にも、②のほうが自然だろう。
他、現代語になってる例は、
「大気を攪拌し季節を巡らせると伝わる。」
「巡らす」が正しい。
このミスは、(3)文末がうっかり現代語、と同種と言えよう。
(5)引用の格助詞「と」の直前で、連体形になっているパターン
先述の通り、引用の格助詞「と」は、格助詞「と」の仲間であり、格助詞「と」は連体形および体言に接続する。
引用という特殊性を捨象して機械的に当てはめればその直前は当然、連体形か体言になる。
また引用の特殊性を鑑みても、引用箇所の最後が連体形であれば、十分成り立つ。
ただしまた先述の通り、普通は、終止形か命令形か体言止めであることが求められるのも確かである。それを踏まえて、以下を見てほしい。
ジバコイル、ヒードラン、レジギガス
「特殊な磁場の影響受け分子構造変わりて進化すると考察。」
「テンガン山の内部で煮えたぎる溶岩より生まれしとの伝承あり。」
「縄で縛りし大陸曳きてヒスイの地造りしとの伝説あり。」
まずジバコイル。
古文のサ行変格動詞「す」の連体形は「する」である。
機械的に(ジバコイルだけに)当てはめれば、連体形だから間違っていない。
ただ先述の通り、「進化する」を文末と考えるならば、「進化す」とするべきである。つまりこれは、連体形に見せかけて、(3)(4)と同じ、文末がうっかり現代語になったパターンであろう。
どちらも「と」の直前は、過去の助動詞「き」の連体形である。
機械的に(ちょうどヒードランは鋼だしレジギガスはロボットっぽい)当てはめれば連体形で問題ないのだが、直前を文末と考えると、当然問題がある。図鑑説明文に、文末が連体形となる係助詞も見当たらない。
そしてどちらも、ジバコイルと違って、伝説・伝承の引用であり間違いなく引用元の文が存在する。
そういうわけで、かなりややこしいのだ。
とりあえず、格助詞「と」の直前は連体形、というものは、伝説・伝承の引用だから、考慮しないこととしよう。
そうなると、引用元の伝説・伝承が、係助詞もなしに文末が連体形になっていることになる。
そういうわけで、
修正例
①テンガン山の内部で煮えたぎる溶岩より生まれけりとの伝承あり。
②テンガン山の内部で煮えたぎる溶岩より生まれきとの伝承あり。
③縄で縛りし大陸曳きてヒスイの地造りけりとの伝説あり。
④縄で縛りし大陸曳きてヒスイの地造りきとの伝説あり。
である。
……としたいところだが、引用元の一部を切り取ったせいでおかしなことになったのではないか、という仮説がある。
例えば、ヒードランの伝承が、
かの獣、テンガン山の内部で煮えたぎる溶岩より生まれしものなり。
だったり、
かの洞穴の壁・天井を這うものぞ、テンガン山の内部で煮えたぎる溶岩より生まれし。
だったりする可能性があるのである。
レジギガスの伝説が、
縄で縛りし大陸曳きてヒスイの地造りし巨人なり。
だとか
深雪の神殿に鎮められし巨人ぞ、縄で縛りし大陸曳きてヒスイの地造りし。
とかの可能性もある。
私が見つけてないだけで、シリーズのどこかで伝承・伝説の前後があるのかもしれない。
こんな具合に、ここは一概にミスとは断定できないが、まあゲーフリだしミスだろ。
(6)その他、または単純な誤植?
ハピナス
「これ絶品なりて食し者に幸をもたらす。」
送り仮名入れて「食いし(食ひし)」の方が自然だろう。
ゾロアーク
「白髪振り乱し姿死神の如く。」
まず文末が未然形または連用形になってる。
そしてそれはそれとして、「振り乱し姿」も不自然で、「振り乱しし姿」が妥当である。ハピナスもこれも、「終わり」をたまに「終り」と書くようなパターンかもしれないが、この二つだけ浮いていたので誤植か勘違いだろう。
その根拠が以下である。
トルネロス
「嵐を巻き起こしポケモン。」
さすがにこれは送り仮名で言い訳はつくまい。
ゾロアークとトルネロスに関しては「ツーシーム投げ猫」のような用法と考えれば正しいのだが、それならトルネロスは「嵐巻き起こしポケモン」と書くだろう。この統一感の無さからして、3つ全部誤植である可能性が高い。
ユクシー
「奪い去ると畏れ敬われているポケモン。」
文末系以外のうっかり現代語パターンである。
修正例
奪い去ると畏れ敬われたるポケモン。
終わりに
重箱の隅をつついて、神ゲーを作ったゲーフリを叩く、死ぬほど無粋で不快で厄介な記事だ。しかしながら、こういう細かいところの考察を楽しむことができるのがゲームの醍醐味であり、考察する余地があったり、考察しようとする意欲が湧いたりすることこそが神ゲーの証とプラスに思っていただきたい。
図鑑のここも間違っていた、記事のここが間違っている、感想など、コメントお待ちしています。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
おまけ
昔は高い音を「甲」、低くて深みのある音を「乙」と言っていた。
だから現代にも「甲高い」という言葉が残っている(諸説)
この通な楽しみを表わす「乙」というのも、派手さはないが深い趣のある低音が由来であるという(諸説)
語源が音楽である「乙なり」を、音楽のポケモンで使っているところ、大好き。
博士はてっきりアローラ出身だと思ってたんですけど、どうやらガラル出身ぽい。まあ英語喋ってたし、イギリスモデルの国出身もあり得るか。
でもこれ、明らかにインドゾウオマージュで、ダイオウドウがアジアンなデザインで、ガラルドリームを求めた移民の子であるローズの相棒がゾウドウ・ダイオウドウだったことを考えると、実はガラル植民地となってるインドモデルの地方出身なのか……?
バラを決闘の時に突きつけるのは流石にインドよりかはガラル(というかヨーロッパ)(なんならフランス)っぽい。